気づくと、いつも何かを“ながら”でやってしまうことってありませんか?
テレビを見ながらごはんを食べたり、スマホを触りながらお風呂に入ったり。
私もずっとそうだったんです。
何かをしながら別のことをするのが当たり前みたいになっていて、一日が終わっても「ちゃんと生きた」感じが残らなかったんですよね。
でもある日ふと、「今日、何を“味わった”んだろう」って思ったんです。
その瞬間、胸の中が少しだけ寂しくなったんです。
“ながら”をやめるって、思ったより難しいんです
最初はね、「スマホを見ずに食事するだけでしょ」って思ってたんです。
でも、いざやってみるとびっくりするくらい落ち着かないんですよ。手が空いてる時間に、何か情報を見てないと不安になるんです。
私たちの心って、静かになることに慣れていないんですよね。
空白の時間ができると、「この時間を有効に使わなきゃ」って焦るクセが出てしまう。
でも、その空白こそが、心を整えるために必要な“間”なんですよね。
“ながら”をやめてみると、時間がゆっくり流れ始めるんです。
ひとつのことに向き合うと、世界が変わるんです
“ながら”をやめた日、
私は久しぶりに「コーヒーを飲むだけの時間」を過ごしたんです。
スマホも見ず、音楽もかけず、ただコーヒーの香りと味を感じるだけ。
最初の数分は「静かすぎる…」って思ったけれど、だんだんと心の中に“温かい余白”が広がっていったんです。


カップから立ちのぼる香り、カーテンの隙間から入る朝の光、マグを持つ指先のあたたかさ。ひとつひとつの感覚が、まるで映画のワンシーンみたいに鮮明に感じられるんです。
その瞬間、「あ、私、ちゃんと“今”にいるな」って思ったんです。
それだけで、不思議と満たされていくんですよね。
“ながら”は心を分散させるんです
私たちはよく「時間が足りない」って言いますよね。
でも、本当に足りないのは“集中する時間”なんだと思うんです。
“ながら”をしていると、
意識があっちこっちに分かれて、どこにも深く残らないんですよ。
一見、効率的に動いているようで、実は心がずっとバラバラになっているんです。
たとえば、誰かと話しているときも、「次に何を言おう」と考えていると、相手の言葉がちゃんと届かない。
食事をしながらSNSを見ていると、味も香りも、ちゃんと感じられない。
“ながら”は、心の存在感をうすくしてしまうんですよね。
ひとつのことを味わう時間は、“わたし”を取り戻す時間なんです
“ながら”をやめて、
一つのことに向き合う時間を持つようになってから、日常の中の小さな幸せに気づけるようになったんです。
洗い物をしているときの水の音、夕方の風の匂い、湯船の中で感じる体の重み。
全部、前からそこにあったのに、ちゃんと感じられたのは初めてだったんですよね。
ひとつのことを味わう時間って、“今ここにいる自分”を思い出させてくれるんです。
外に向いていた意識が、静かに自分の内側に戻ってくる。
それが、私にとっての“わたし時間”なんです。
ひとつに集中するだけで、心が整うんです
最近は、“ながら”を減らすために、ちょっとしたルールをつくってるんです。
・ごはん中はスマホを見ない
・歩くときは音楽を消して、空気を感じる
・誰かと話すときは、相手の目を見る
ほんの小さなことなんですけどね、その“ひとつに集中する時間”が、1日のリズムを穏やかにしてくれるんですよ。
すると、不思議と「時間が増えた」ような感覚になるんです。
焦らなくても、ちゃんと時間が流れてる。
それが分かると、心がやわらかくなるんですよね。
“ながら”をやめることは、
“自分を取り戻す”ことなんですよね。


いろんな情報や予定に追われる毎日の中で、たった5分でも、ひとつのことに心を向けてみる。その時間の中で、「ちゃんと生きてる」って感覚を取り戻せるんです。
だから、今日のどこかで試してみてください。
食事でも、読書でも、歩く時間でもいいんです。
“ながら”をやめて、ひとつのことを、まるごと味わってみてください。
きっとその瞬間、世界が少しやさしく見えると思うんですよね。