すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

“我慢していた私”に気づく瞬間

気づかないうちに、ずっと我慢していたなって思うこと、ありませんか?誰かを優先して、自分の気持ちを後回しにしたり、「大丈夫」って言いながら、心の奥ではちょっと泣いていたり。

私もね、そういうことがよくあるんです。“我慢”って、いつの間にか生活の一部みたいになっていて、自分でもそれが我慢だって気づけなくなるんですよね。

でも、ある日のこと。ふとした瞬間に、「あ、私、ずっと我慢してたんだ」って思ったんです。
そのとき、胸の奥がじんわりと熱くなって、少し泣きそうになったんですよ。


“我慢してる自分”に気づくのは、勇気がいるんです

我慢って、悪いことじゃないですよね。
人との関係を守るためだったり、誰かの気持ちを思ってのことだったり。
やさしさから生まれる我慢もたくさんあるんです。

でも、それが積もりすぎると、心のどこかに小さなヒビが入るんですよね。最初は痛くないけど、そのままにしておくと、気づけば心が重たくなっている。

「もう少し頑張ればいいだけ」って思うその言葉、実は“無理してる自分”をごまかしてるサインなんです。


私が我慢に気づいたのは、ほんの小さなきっかけだったんです

ある日、友人との会話の中で、「最近どう?」って聞かれたとき、つい「うん、なんとか大丈夫」って笑ったんです。

でもその瞬間、胸の奥で小さな声がしたんですよ。
「本当は、ちょっとしんどいんだよね」って。

その声を聞いたとき、あぁ、私ずっと“本音”を飲み込んでたんだなって思ったんです。泣くほどじゃないけど、ちゃんと聞いてあげなきゃいけない声がそこにあったんですよね。


“我慢していた私”を責めないことが大事なんです

気づいたあとって、ちょっと落ち込みますよね。「なんでこんなに我慢してたんだろう」って。でも、私はそこで気づいたんです。
我慢していた私って、誰かを守ろうとしてたんだなって。

優しさや思いやりから生まれた我慢も、ちゃんとあるんですよね。だから、責めるんじゃなくて、「よくがんばってたね」って言ってあげることにしたんです。

その言葉をかけた瞬間、
心の中に少しだけ、温かい空気が流れた気がしたんですよ。


我慢をやめるって、“自分を信じる”ことなんです

“もう無理”って感じたとき、「我慢をやめよう」と思うのは、
甘えでも逃げでもないんですよね。

それは、「私は大丈夫。ちゃんと自分を守れる」って信じることなんです。我慢をやめるって、自分を裏切ることじゃなくて、自分ともう一度仲直りすることなんですよ。

少し距離を置くとか、「今日は無理しない」って言葉にすること。
そうやって、小さくても“自分を優先する勇気”を持てるようになったんです。


我慢に気づいたら、静かにほどいてあげるんです

私は最近、“心がきゅっとしたとき”に、手帳やメモにその気持ちを書いています。
たとえば、
「今日は少し疲れてる」
「本当はあの言葉が寂しかった」
そんなふうに、短い言葉でもいいんです。

書くことで、我慢のかけらが少しずつ外れていくんですよね。
気づいてあげるだけで、心はもう回復を始めてるんです。

 

我慢していた自分に気づく瞬間って、少し痛いけれど、同時にとても大切なんです。だってそれは、“心が生きている証拠”だから。「感じないふり」がいちばんつらいですもんね。だから今日の夜、もし少しでも“我慢してたかも”って思ったら、静かにその気持ちを撫でてあげてください。

「よくがんばってたね」
「もう少し、やさしくしてもいいよ」

そのひとことだけで、心の中の小さなヒビが、少しずつ光を取り戻すと思うんです。