すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

毛布の中で考えたこと

毛布にくるまっているときって、
少しだけ世界から距離が取れますよね。

音がやわらかくなって、
光も直接届かなくて、
体の輪郭が
ほどよく曖昧になる。

この日は、
特別に疲れていたわけじゃありませんでした。
でも、
外に出る気力が少し足りなかった。

だから私は、
毛布の中に入りました。


毛布の中は、何者にもならなくていい場所なんです

毛布にくるまると、
役割が消えます。

ちゃんとした大人とか、
期待される自分とか、
頑張っている途中の人とか。

そういう肩書きが、
一枚ずつ外れていく。

毛布の中にいる間だけは、
ただの「今ここにいる私」でいい。

何かを考えなきゃいけない理由も、
答えを出さなきゃいけない義務も、
一旦、外に置いておける。

その感覚が、
とてもありがたかったんです。

 

思考は、静かな場所でしかほどけないんです

忙しい場所では、
考えは整理されません。

あれもこれも浮かんで、
結局どれも掴めない。

でも毛布の中では、
考えが勝手に
ゆっくりになっていく。

「本当は、何がしんどかったんだろう」
「何を気にしすぎていたんだろう」

問いは浮かぶけれど、
無理に答えを出そうとはしない。

ただ、
浮かんでは消えていくのを
眺めているだけ。

それだけで、
心は少し軽くなっていきました。

 

毛布は、守られている感覚を思い出させてくれるんです

毛布の重さ。
肌に触れるやわらかさ。
外と内を分ける境界線。

それらは全部、
「守られている」という感覚につながっています。

大人になると、
守られていると感じる瞬間は
どうしても少なくなる。

自分で判断して、
自分で責任を取って、
自分で立っている時間が長いから。

でも毛布の中では、
ほんの少しだけ
その役割を休める。

それが、
思っている以上に
回復につながるんですよね。

 

何も考えなくていい時間が、考えを深くするんです

不思議なことに、
毛布の中で「何も考えない」と決めたとき、
一番大事なことが
ふっと浮かんできました。

「私は、ちゃんと頑張ってたな」
ただ、それだけ。

反省でも、
分析でも、
次の計画でもない。

ただ、
自分を認める感覚。

毛布の中だからこそ、
その言葉が
素直に入ってきたんだと思います。

 

回復は、こういう場所で起きているんです

回復って、
目に見えないところで起きています。

横になっている時間。
何も生産していない時間。
考えがまとまらない時間。

それらは一見、
「何もしていない」ように見える。

でも実は、
心が自分を取り戻している時間なんです。

毛布の中で過ごした時間は、
確実に私を
少しやわらかくしてくれました。

 

毛布の中から、また外に出られるんです

ずっと毛布にくるまっていたい、
そんな気持ちも正直ありました。

でも不思議と、
十分にくるまったあと、
自然と外に出たくなった。

無理やりじゃなく、
「そろそろいいかな」
という感覚。

回復が起きると、
人はちゃんと
次の動きに向かえるんですよね。

 

もし今、
少しだけ心が疲れていたら、
毛布の中に入ってみてください。

考えなくていい。
決めなくていい。
元気にならなくていい。

ただ、
守られている感覚を
思い出すだけでいい。

毛布の中で過ごす時間は、
逃げでも、後退でもありません。

それは、
自分に戻るための
とても静かな回復です。