すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

言葉にしなくていい夜

夜になると、
なぜか言葉が重たく感じる日がありますよね。

誰かに説明する気力もない。
自分に向かって整理する余裕もない。
ただ、胸の奥に
名前のつかない感覚が残っている。

この夜の私は、
まさにそんな状態でした。

何かを言語化したほうがいい気がする。
でも、
今はそれをしたくない。

そんな気持ちが、
はっきりとありました。

 

言葉にできない夜は、だめな夜じゃないんです

私たちはよく、
「ちゃんと言葉にしよう」
「気持ちは言語化しよう」
そう言われますよね。

確かに、
言葉にすることで
楽になることもたくさんあります。

でもね、
すべての夜が
言葉を求めているわけじゃない。

言葉にしようとした瞬間に、
心が固くなる夜もあるんです。

それは、
まだ準備ができていないだけ。

だめなんじゃなくて、
今は違うというだけなんですよね。

 

言葉は、心が落ち着いてからでいいんです

この夜、
私はノートを開きませんでした。

頭の中を整理しようとも、
理由を探そうともしなかった。

代わりに、
ただ暗い部屋で
静かに呼吸をしていました。

すると、
不思議と安心感が戻ってきたんです。

言葉を探すのをやめたことで、
心が「急かされていない」と
感じられたのかもしれません。

 

言葉にしない時間も、ちゃんと感じている時間なんです

何も書いていなくても、
何も話していなくても、
心はちゃんと感じています。

ざわざわ。
重たさ。
かすかな疲れ。

それらは、
言葉がなくても
確かにそこにある。

言葉にしない=感じていない、
ではありません。

むしろ、
感じすぎているから
言葉にできない夜もあるんです。

 

夜は、答えを出す時間じゃないんです

夜になると、
急にいろんな問いが浮かんできます。

これでいいのかな。
間違っていないかな。
どうしたらよかったんだろう。

でもね、
夜は答えを出す時間じゃありません。

夜は、
一日分の感情を
静かに横に置く時間。

解決しなくていい。
結論を出さなくていい。

ただ、
「今日はここまで」と
区切る時間なんです。

 

言葉にしない選択は、自分を守る選択でもあるんです

言葉にすると、
形が決まってしまうことがあります。

まだ揺れている気持ちを、
無理に固めてしまうこともある。

この夜、
私はそれをしたくなかった。

まだ名前をつけたくない感情を、
そのままにしておきたかった。

それは逃げじゃなくて、
自分を守る判断だったと思います。

 

静かな夜は、回復の真ん中にあるんです

何も生まれない夜。
何も進まない夜。
何も言葉にしない夜。

そういう夜は、
一見すると
無駄な時間に見えるかもしれません。

でも実際は、
心が深く休んでいる夜。

回復の、
いちばん静かな場所。

表には見えないけれど、
確実に、
内側で整いが起きています。

 

朝になったら、言葉は自然と戻ってくるんです

この夜、
私は何も決めませんでした。

でも翌朝、
少しだけ気持ちが軽くなっていた。

無理に言葉を探さなかったからこそ、
必要な言葉だけが
自然と戻ってきたんだと思います。

言葉は、
追いかけるものじゃなくて、
迎えに来るものなのかもしれません。

 

もし今夜、
言葉にできない気持ちを
抱えていたら、
どうか安心してください。

その夜は、
ちゃんと意味があります。

無理に話さなくていい。
無理に書かなくていい。
無理に整えなくていい。

今日は、
言葉にしなくていい夜。

その静けさが、
あなたの心を
いちばん深いところで
回復させてくれます。