すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

小さな習慣が、私を支えていた

習慣、って聞くと、
少し身構えてしまうところがありますよね。

毎日やること。
続けなきゃいけないこと。
途切れたら意味がなくなるもの。

そんなイメージが先に立って、
「ちゃんとできない自分」を
思い出してしまうこともあります。

でも最近、
私は気づいたんです。

私には、
ちゃんと続いていた習慣があったんだって。

 

それは、立派な習慣じゃなかったんです

毎朝早起きするとか、
毎日運動するとか、
日記を欠かさず書くとか。

そういう「いかにも習慣」なものは、
正直、うまく続きませんでした。

でも振り返ってみると、
もっと小さなことが
ちゃんと続いていた。

たとえば、
朝、カーテンを少しだけ開けること。
外の明るさを確かめること。
今日は寒いな、と感じること。

それだけのこと。

でもそれを、
私はほとんど毎日
自然にやっていたんです。

 

小さな習慣は、「意識しない」から続くんですね

頑張って続けようとすると、
習慣は重たくなります。

忘れたらどうしよう。
できなかったら意味がない。
そんなふうに考え始めると、
途端に苦しくなる。

でも小さな習慣は、
続けようとすらしていませんでした。

ただ、
そのときの自分にとって
必要だったから、やっていた。

意識しないから、
途切れなかった。

それが、
私に合っていた形だったんだと思います。

 

その習慣は、私を整えるためにあったんです

朝、光を確認する。
温かい飲み物を飲む。
夜、布団に入る前に
一度深呼吸する。

どれも、
目標達成のためじゃない。

心を、
今ここに戻すための動き。

私は知らないうちに、
自分を整える習慣を
身につけていました。

整えよう、と思って
始めたわけじゃないのに。

 

続いていたのは、「自分を見捨てない行動」でした

この小さな習慣たちに
共通していたのは、
ひとつだけ。

どれも、
自分を置いていかない行動だった、
ということ。

無理なテンポで
一日を始めない。
疲れを無視しない。
そのままの自分で
一日を終わらせる。

それは、
誰かに見せるための行動じゃない。

自分との関係を
切らさないための行動。

だからこそ、
静かに続いていたんだと思います。

 

習慣は、成果を生まなくても意味があるんです

習慣というと、
成果や変化を求めがちです。

できるようになったこと。
変わった自分。
積み重なった結果。

でも、
この小さな習慣たちは、
劇的な変化を
もたらしたわけじゃありません。

それでも、
私を壊さずに
ここまで連れてきてくれた。

それだけで、
十分すぎる意味がありました。

 

もし続かなかった習慣があっても、大丈夫なんです

過去に、
続かなかった習慣を思い出すと、
少し苦しくなることもありますよね。

あれもできなかった。
これも続かなかった。

でもね、
それは失敗じゃありません。

あなたに合わなかっただけ。

合わないものが
続かなかった一方で、
ちゃんと続いているものが
きっとある。

それは、
目立たない形をしているだけなんです。

 

小さな習慣は、あなたの毎日に溶け込んでいます

続いている習慣は、
「やっている感」がありません。

だから、
自分では
見逃してしまう。

でもそれは、
毎日の中に
自然に溶け込んでいる証拠。

呼吸みたいに、
当たり前になっている。

それはもう、
立派な支えです。

 

 

もし今、
「私、何も続いていないな」
と思っていたら、
少しだけ目を向けてみてください。

毎日していること。
無意識にやっていること。
やめなかったこと。

それらは全部、
あなたを支えてきた
小さな習慣です。

大きくなくていい。
派手じゃなくていい。

小さな習慣は、
ちゃんとあなたを
ここまで連れてきています。