朝って、
一日が始まる前なのに、
もう少しだけ
肩に力が入っていることがありますよね。
これからやること。
今日の予定。
うまくいくかどうか。
まだ何も起きていないのに、
心の中では
もう動き始めている。
以前の私は、
そんな朝に
「何もしない時間」をつくるのが
少し怖かったんです。
何もしない時間=遅れてしまう気がしていました
朝の時間は、
何かを始めるためのもの。
そう思っていたから、
立ち止まることに
罪悪感がありました。
ぼんやりしていると、
出遅れる気がして。
考え事をしていると、
無駄にしている気がして。
「ちゃんと動かないと」
そんな声が、
いつもどこかにあったんです。

ある朝、何もしないまま過ごしてみた
この日、
私は少しだけ
何もしない時間を残しました。
すぐに動き出さない。
スマホを開かない。
考えをまとめようともしない。
ただ、
窓からの光を見て、
呼吸をひとつ。
それだけ。
すると、
意外なほど
心が落ち着いていることに気づいたんです。
何もしていないのに、内側は動いていました
外から見たら、
何もしていない朝。
でも内側では、
ちゃんと調整が起きていました。
今日の自分の状態を
確かめていたり、
無意識の緊張が
ほどけていったり。
何もしない時間は、
止まっている時間じゃなくて、
整っていく時間
だったんですよね。
怖かったのは、「成果が見えない時間」でした
あとからわかったんです。
何もしない時間が怖かったのは、
評価されない時間だったから。
頑張っている証拠がない。
役に立っている感じがしない。
でも朝7時半に必要なのは、
成果じゃなくて、
今日を迎える準備。
何もしない時間は、
その準備をしてくれていました。


何もしない時間は、自分に戻る時間なんですね
予定や役割に入る前の、
ほんの少しの間。
誰の期待も背負っていない時間。
比べられない時間。
その中で、
私はただ
「今日の私」でいられました。
それだけで、
十分だったんです。
怖くなくなったのは、自分を信じられるようになったから
何もしなくても、
私は私でいられる。
ゆっくり始めても、
ちゃんと一日は進む。
そう思えるようになったのは、
ここまで
自分を置いていかなかったから。
何もしない時間を
怖がらなくなったのは、
怠けたからじゃなくて、
信頼が育ったから
なんですよね。

朝に余白があると、一日が違って見えます
急がずに始めた日は、
一日全体が
少しやさしくなります。
判断も、
言葉も、
動きも。
朝の何もしない時間は、
一日を守る
小さなクッションみたいなもの。
もし今、
朝7時半にこれを読んでいて、
少し気持ちがざわついていたら。
大丈夫。
今は、
何もしなくていい時間です。
今日をちゃんと迎えるために、
ほんの少し
余白を残す。
何もしない時間を、
怖がらなくなった朝。
それは、
自分を信じて
一日を始められている証拠です。