すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

安心がなくても、歩いていい

朝に目を覚ましても、
胸の奥に
はっきりとした安心が
見つからない日があります。

大丈夫だ、と思い切れない。
うまくいく、と言い切れない。
今日を信じきれない。

そんな状態のまま、
朝を迎えている自分に、
少し戸惑ってしまうこともありますよね。

でもこの朝、
私はひとつだけ
はっきりさせました。

安心がなくても、歩いていいって。

 

安心してから動こうとすると、立ち止まったままになることがあります

安心があれば進める。
自信があれば動ける。

そう思っていると、
安心が見つかるまで
ずっと待つことになります。

でも実際には、
安心って
先に用意されているものじゃなくて、
あとから追いついてくることが多い。

歩き出してから、
少しずつ
「大丈夫だったかもしれない」と
感じられるものなんですよね。

 

不安があるのは、考えている証拠です

安心がないとき、
不安ばかりが目につきます。

でも不安があるということは、
何も考えていないわけじゃない。

投げやりになっているわけでも、
どうでもよくなっているわけでもない。

ちゃんと考えている。
ちゃんと向き合っている。

それだけで、
もう立ち止まったままではありません。

 

朝は、安心が完成していなくていい時間

一日の始まりに、
気持ちが完成している必要はありません。

まだ半分眠っていて、
昨日の余韻も残っていて、
今日の形も定まっていない。

それが、
朝の自然な状態。

この時間に
「安心がない」と感じるのは、
むしろ正直な感覚です。

 

安心がなくても、足はちゃんと前に出ます

この日、
私は少し不安なまま
一日を始めました。

気持ちは揺れていたし、
確信もなかった。

それでも、
朝は進み、
時間は流れ、
一日は形になっていった。

安心がなくても、
歩けていたんです。

 

安心は、歩いたあとに残るもの

振り返ってみると、
安心は
「よし、歩こう」と決めた瞬間には
ありませんでした。

でも、
一日を終えたとき、
ほんの少しだけ
胸の奥に残っていた。

今日もなんとか過ごせたな、という感覚。

安心は、
歩いたあとに
静かに置いていかれるものなのかもしれません。

 

安心がない自分を、置いていかなくていい

安心がないとき、
無理に前向きになろうとしなくていい。

不安な自分を
振り落とそうとしなくていい。

そのまま連れて歩く。

不安を抱えたままでも、
一日は進みます。

 

もし今、
朝7時半に
安心を見つけられずにいたとしても。

大丈夫です。

安心がなくても、歩いていい。

あなたは、
不安を抱えたままでも
今日という場所を
ちゃんと進めます。

安心は、
あとから
ちゃんと追いついてきます。

今はただ、
そのままのあなたで
一歩で大丈夫。