すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

安心がなくても、歩きだしていい

朝、目は覚めたのに、
心が追いついていない。
そんな感覚のまま
朝を迎える日があります。

大丈夫、って言い切れない。
今日はうまくいく、と思えない。
安心できる材料が
どこにも見当たらない。

それなのに、
時間は進んでいて、
一日はもう始まっている。

この朝、
私はその事実に
少し救われました。

 

安心がなくても、朝は来るんですね

気持ちが整っていなくても、
準備ができていなくても、
朝はちゃんと来る。

カーテン越しの光。
いつもの音。
変わらない時間の流れ。

安心がないからといって、
一日が止まるわけじゃない。

むしろ、
安心がなくても
始まってしまうところに、
どこか救いがある気がしました。

 

「始まってしまっている」ことは、悪いことじゃない

準備不足のまま始まる一日。
気持ちが定まらないまま迎える朝。

それを
だめなことだと思っていました。

でも考えてみると、
人生の多くは
そうやって始まっています。

万全じゃない状態で。
揺れたままで。
確信がないままで。

それでも、
ちゃんと進んできた。

 

朝に安心がないのは、自然なことです

朝は、
一日の中でいちばん
無防備な時間。

昨日の疲れも、
不安も、
まだ体に残っている。

この時間に
安心が完成していないのは、
むしろ自然。

ここで
「安心がない自分」を
否定しなくていい。

 

始まっている、という事実だけで十分です

今日をどう過ごすか。
うまくできるか。
元気が出るか。

それはまだ、
決まっていません。

でも、
始まっている。

この事実だけは、
もう確かです。

始まっているということは、
やり直しも、
調整も、
途中変更もできる、ということ。

白紙の一日が、
もうあなたの手の中にあります。

 

安心は、始まったあとに形になることもあります

安心があるから始められる、
そう思っていたけれど。

実際は、
始めてから
少しずつ形になる安心もある。

午前中を越えたとき。
ひとつ区切りがついたとき。
一日を終えたとき。

そのとき初めて、
「あ、なんとかなったな」
と感じることも多い。

だから、
今なくても大丈夫。

 

安心がない朝を、置いていかなくていい

安心がない自分を、
切り替えようとしなくていい。

前向きになろうとしなくていい。
無理に気合を入れなくていい。

そのままの状態で、
一日はもう始まっています。

それだけで、
十分なんです。

 

もし今、
安心を見つけられずにいたとしても。

大丈夫。

安心がない朝でも、
一日はちゃんと始まっている。

あなたはもう、
今日という時間の中にいます。

あとは、
その流れに
少しずつ身を預けていけばいい。

今のあなたのままで、
この一日は
もう動き出しています。