こんなことはないですか。


やるべきことは、ちゃんと分かっている。
何から手をつければいいかも、本当は知っている。
それなのに、なぜか体が動かない。
気づけばスマホを見ていて、時間だけが過ぎていく。
今日の私は、まさにそんな日でした。
以前の私は、こういう日を「甘え」だと思っていたんです。
やればいいだけ。
動けばいいだけ。
分かっているのにできない自分は、意志が弱いのだと。
でも最近、少し違う見方ができるようになりました。
“分かっている”ときほど、
人は動きにくくなることがあるのかもしれない、と。
分かっているということは、
その先の未来まで想像できているということ。
うまくいかなかったらどうしよう。
期待に届かなかったらどうしよう。
途中でやめてしまったらどうしよう。
頭の中では、もう結果まで見えている。
だから心は、慎重になります。
もしかしたら、動けないのは怠けではなく、
自分を守ろうとする働きなのかもしれないんです。
私も、そうでした。
動かなければ、まだ可能性は傷つかない。
やらなければ、評価の場に立たなくてすむ。
それは、とても賢い選択でもあります。
でも同時に、その賢さが、
私を止めてしまうこともありました。
だから最近は、「ちゃんとやる」を少し手放しています。
代わりに、こう考えるようにしました。
“途中でやめてもいい前提で、触れてみる”。
完璧にやらなくていい。
成果を出さなくていい。
ただ、ほんの少しだけ近づいてみる。
そう思えたとき、
止まっていた体が、ほんの少しだけ動いたんです。


そんな今日のわたしに、
「動けないのにも、ちゃんと理由があるよ」と伝えたいです。
もしあなたも、分かっているのに動けない日があるなら。
それは弱さではなく、心の防衛かもしれません。
整えるのは、行動そのものよりも、
自分にかけている“期待”なのかもしれません。
この視点が、あなたの一歩を少し軽くしますように。