すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

比べて落ち込んだ日の整え方

こんなことはないですか。

誰かの活躍を見て、素直にすごいと思ったはずなのに、
そのあと、胸の奥が少しざわつく。

応援したい気持ちは本当なのに、
なぜか自分が小さく見えてしまう。

今日の私は、そんな気持ちになりました。

 

以前の私は、比べて落ち込む自分を嫌っていました。

器が小さい。
もっと自信を持てばいいのに。
比べなければいいだけなのに。

でも、「比べない」は思ったより難しいんですよね。

人は無意識に、位置を確かめようとします。

自分はどのあたりにいるのか。
どれくらい進めているのか。
ちゃんと価値があるのか。

比較は、劣等感の証拠というよりも、
「自分の現在地を知りたい」という本能に近いのかもしれません。

そしてもうひとつ。

比べてしまうとき、
本当は“可能性”を見ていることもあるんです。

あの人みたいにできたらいいな。
あんなふうに評価されたらうれしいな。

そこには、羨ましさだけでなく、
自分もそうなりたいという小さな願いが含まれている。

だから落ち込む。

欲しくないものなら、心は揺れません。

私も、誰かの結果を見て、
自分はまだまだだなと思うことがあります。

でも最近は、こう問いかけるようにしています。

「私は、何に反応しているんだろう?」

肩書きなのか。
成果なのか。
努力の積み重ねなのか。

ぼんやりした“すごい”を、具体的に分解してみる。

すると、不思議と敵ではなくなります。

比べている相手は、
奪う存在ではなく、ヒントの塊に見えてくることもあります。

それでも苦しい日はあります。

そんなときは、無理に前向きにならなくていい。

ただ、「今は悔しいんだな」と認めるだけでも、
心は少し整っていく気がします。

 

そんな今日のわたしに、
「落ち込むほど、ちゃんと願っているんだよ」と伝えたいです。

比べてしまう日は、
あなたがまだあきらめていない証かもしれません。

どうかその気持ちを、
自分を責める材料ではなく、
未来のヒントとして扱えますように。