すみっコ日和~Perfect day for sumikko~

すみっコぐらしが大好きな在宅ワーカーの毎日

期待に応え続けてしまう理由

こんなことはないですか。

頼まれると、つい「大丈夫です」と言ってしまう。
本当は余裕がないのに、期待に応えようとしてしまう。

断る理由を探すより、
引き受ける理由を探している自分がいる。

今日の私は、そんな自分に気づきました。

以前の私は、期待に応えることは良いことだと思っていました。

信頼されている証。
必要とされている証。
ちゃんとしている証。

だから、応えられる自分でいたかったんです。

でも、少し立ち止まって考えてみたとき、
あることに気づきました。

私は「期待そのもの」に応えているのではなく、
“期待がなくなること”を怖がっていたのかもしれない、と。

期待されると、そこに居場所ができます。

任される。
頼られる。
声がかかる。

それは安心でもあります。

だから、期待に応え続ける。

応えられなくなったら、
がっかりされるのではないか。
距離ができるのではないか。

そんな不安が、どこかにある。

私も、余裕がないときほど、
「大丈夫」と言ってしまうことがありました。

本当は大丈夫じゃないのに。

でも、断った瞬間に、
関係が少し冷えるような気がしていたんです。

けれど最近、こんな問いを持つようになりました。

「これは、応えたい期待だろうか。」

すべての期待に応える必要はない。

応えたいもの。
応えなくても壊れないもの。
そして、本当は手放してもいいもの。

分けて考えるだけで、
少し呼吸が楽になりました。

期待に応えることが悪いのではありません。

ただ、期待でつながる関係だけでは、
どこかで息が切れてしまう。

 

そんな今日のわたしに、
「応えなくても、消えない関係もある」と伝えたいです。

もしあなたが、
いつも期待に応え続けてしまうなら。

それは責任感ではなく、
安心を守ろうとする心かもしれません。

どうか、あなたの余白も、
ちゃんと守れますように。